水槽と外洋。多様性とサバイバル能力

加野 孝

昨今、経営におけるイノベーションと多様性について論じられる機会も多くなっています。たしかに自分自身の経験を振り返ってみても、多様性のある場に身を置いた時期に、自己成長が促進されたという感覚があります。

パリの経営系の大学院で20か国以上の生徒が集まっているコースで学んだ1年間。
バックグラウンドが極めて多様な学生が、これまた多様な研究テーマで学んだ広報PRの専門職大学院の2年間。
米国やシンガポール、中国の役員、職員たちと議論や実務を重ねた家業の精密機器メーカー時代。

バックグラウンドが多様な場で過ごすときには、一定のストレスに向き合う必要に迫られます。
そして、場に多様性がありすぎて、議論が嚙み合わなかったこともあります。

大学院時代に読んだ図書の中に、ある集団の多様性の度が過ぎると、最適な多様性の度合いの集団と比べ、議論やイノベーションは起きづらくなるとの考えがあることも知りました。

「経営におけるイノベーションという観点からは、自組織における多様性をどのように考えていくと良いだろうか?」
これは自分だけでなく、よくクライアント企業の皆さんからも発せられる問いです。

先述の問いをこの数年考えてきたところ、最近、海洋に関わる企業の方と対話をする機会があり、海洋生物多様性について関心を深めたことがありました。
人間社会や組織における多様性について考えが煮詰まりかけていたため、生き物たちの世界に何か考えるヒントはないかと思い、視点を海洋生物多様性の世界に向けるべく、日本有数の施設である大阪の海遊館に足を運んでみました。

 

海遊館の水槽を優雅に泳ぎ廻る多様な生き物たちに見惚れている筆者

 

海遊館に行くのは初めてではなかったのですが、おそらく20数年ぶりの訪問でした。
目的意識をもって見に行くと、同じものでも見え方が違うというのは、よくあることですが、まさに今回の海遊館訪問はその典型的なケースでした。単に魚が泳いでいるという風に表面的に観るのではなく、自分たち人間たちも含めた地球上の生き物の共存や生存競争とはどうなっているのか? という風に、人間の在り方も含めて興味深く観ていたのです。ここでは、海遊館の展示がすばらしく、そして美しかったこと、優雅に泳ぎ廻る魚にうっとりしたことをまず冒頭でお伝えしたうえで、いつもの水族館見学とはまた違う見方をした自分のマニアックな気づきを書いてみたいと思います。

海はつながっているとよく言われますが、展示は地域ごとに区切ってなされていました。地域ごとに全く異なる環境があり、非常に異なる発達を遂げた多様な生きものが展示されていました。さらに、地域ごとの展示でも、水槽ごとにアレンジされた組み合わせの生き物が展示されていました。

同じ水槽で飼育できる生物と、決して同じ水槽に入れてはいけない生物。
生物間での捕食による問題や、水温などの環境適応による問題が発生するようです。
また、水槽の広さを勘案して、生き物の飼育数もかなり慎重に決められているはずです。
多様な生物それぞれのいいところを知ったうえで、すべての生物それぞれが生き生きと安心して活動できるように、配慮された空間、多様すぎない環境が設計されていました。

ただ、実際の海は水槽とは違って繋がっており、そこには緊張感あふれる生存競争が存在します。水族館では、「生き死に」を彷徨う現場を見ることは出来ません。
交わりあって一緒に生息できる生き物とそうではない(捕食する)生き物がいる一方で、イソギンチャクとカクレクマノミのように相互補完をしている生き物もいます。激しい生存競争を生き抜く過程で、発達を遂げるのが生き物の本質でもあります。

実際の海と水族館の間に違いがあるように、実際の社会環境と各企業という枠組みの間にも違いがあります。
本当に自然状態で交流すると、それなりの競争が起きてしまうがゆえに、水槽を分けている水族館と同じように、私たちの人間社会の諸制度、諸組織も、「水槽」の役割を多く持ち込んでいるように感じます。
「水槽」の中で多様性を避け、安全にしていることも時として大事ですが、「海洋」に腹をくくって出かけて行った魚は、「水槽」にいて毎日定時に餌を与えられている魚よりも、サバイバル能力が高いだろうと思います。

このように「水槽」と「海洋」の違いは、我々人間には誰にでもわかりますが、私たち企業人は、
自分たちが、どんな水槽にいるのか?
守られていない外界では何が起きているのか?
安穏と水槽で過ごしている間に、外洋ではどんな発達を遂げた人が活躍しているか?
これらについて、意識しづらいところがあります。

それも、1つの企業が水槽にいるかどうか、だけでなく、業界ごと、国ごと1つの水槽に入っているなら、なおさら気づきにくいのではないかと思います。

「どんな水槽の中に自分たちはいるのだろうか?」
「水槽の外では、どんな挑戦やサバイバルが行われているだろうか?」

海遊館で湧いてきた新しい問いです。
2026年、あなたはどんな「水槽」からどんな「外洋」に出ていきますか?