
ホルムズ海峡をめぐる紛争。黒海不凍港をめぐる紛争。港や海峡といった交通の要衝をめぐる紛争が最近も絶えない世相です。
そんな世相ではありますが、この数年、自分自身はというと、DX、AI、SNS、YouTubeといった「バーチャルで、空間の壁を越えた手法」の威力や効能に圧倒され、魅了され、翻弄され、活用しようとしてきています。
オンラインで仕事をすることが増え、ネット上の情報収集やAIとの対話に依存度が着実に高まってきています。
しかし、ホルムズ海峡や黒海不凍港などの「場所」をめぐる争いのニュースを連日見続けていると、「デジタルやバーチャルにあまり意識を傾けすぎると、『場所』の重要性や意味、価値を見落とす可能性があるのでは?」と感じはじめています。
先日、出張で愛知県豊橋市に立ち寄る機会がありました。地元の名物をタクシーの運転手さんに聞くと鰻とのこと。「なぜ豊橋で鰻が名物なのか?」を訊いてみると、浜名湖の「鰻」と、駿河湾の魚介由来の「出汁」、そして、知多半島が名産の「醤油」の存在あってのものとのこと。良質な材料のすべてがここでそろうという「立地」が豊橋の鰻料理を支えてきたとのことでした。たしかに、地図を見てみると、豊橋市は、静岡県が東側に隣接し、浜名湖が近く、知多半島が南側に隣接。駿河湾にも接しています。

豊橋の鰻は「立地」「場所」の大切さを思い起こさせてくれます。
また、私自身の中でも、物流網とインターネットの存在でなんでもクリックすれば調達できるという錯覚が最近芽生えていたところはありますが、それも平和あってのものだとホルムズ海峡の件で思い知らされました。
また、たとえ平和であっても、物流網を支える人々の汗を流した動きが(疫病や、人手不足などで)止まってしまうと、やはり、思うように物は調達できなくなります。
いろいろな「前提条件」が揃っていてこそのお話なのだと思わされます。
そう考えてみると「立地」を生かしつつ、と「前提条件」の脆さを念頭に置くということでしょうか。
ここまで考えてみると、豊橋の鰻料理のように、立地を強みとして産業を発達させるという考え方は、平和や潤沢な労働力供給に黄色信号がともっている昨今の世界において、「物流」の機能する「前提条件」の脆さまで考慮に入れると、益々、示唆に富むものと言えるかもしれません。
さて、ここまでの議論は「産業」の「立地」という視点で考えてきたのですが、「産業」でなく「個人」として同様の発想で考えてみると、どんなことが言えるでしょうか?
つまり、「個人」と「ゆかりの地」の掛け算から、新しい価値提供や強みを生かしていくことができないかという訳です。
- 自分が生まれ育った土地は?その土地の特徴や固有性、歴史、風土は?
- 自分が勉学や仕事で汗を流した場所、街は?そこでの思い出、学びや教訓は?
- 自分が遊んだ、余暇を過ごした空間は?どんな記憶や感動や感傷が?
- 自分が足を運んだクライアント企業の工場や街は?どんな景色ややり取りが記憶に?
「ゆかりの地」には、必ず自分の歴史があります。そこには、ほかの誰とも完全に一致することのない固有性があります。
「ゆかりの地」にはリアリティーがあります。画像や音声だけでなく、感情や豊かな感覚を伴う記憶があります。
「ゆかりの地」には、そこであなたと時間をともにした「人」の存在があります。
あなたの会社は、「ゆかりの地」をどのくらい活かした経営をしていますか?
あなた自身は、「ゆかりの地」をどのくらい活かしたキャリアを歩んでいますか?
浜名湖と駿河湾と知多半島の豊かな自然にはぐくまれた豊橋の伝統的な名物、鰻料理に学んで、今年は、「ゆかりの地」を意識した一年にしてもよいかもしれません。
「立地」を戦略的に考えることで会社も個人も「豊かさ」を実現する。
いわば「立地でRich」ということが面白いのではないでしょうか。