ワーケーション(新春特別号)

加野 孝

「ワーケーション」。
コロナ禍におけるリモートワークの広がりとともに知られるようになった言葉です。
ワーケーションに限らず、「働き方」に関するいろいろな要素が経営にどのような影響を与えるのか?ということは、長年、個人的に探究してきている話題です。
その中でワーケーションが経営に与える影響にも関心を持ってきました。

これまで、報酬制度や副業制度が経営に与える影響について大学院に籍を置いて調査研究したことがありましたが、残念ながらワーケーションはWorkVacationという2つの言葉が合わさった造語であることを知っていた程度で、正確な定義やその影響を調べたり深く考えたことはありませんでした。

ワーケーションに関連する団体があるようで、2つほどネット検索をしていて行き当たりました。1つは日本ワーケーション協会、もう1つは日本テレワーク協会です。

前者のホームページでは以下のような紹介がされています。

ワーケーションの本質は「場所を変えて豊かに暮らし働く手段」と、一般社団法人日本ワーケーション協会は考えています。非日常の土地で暮らし、働くことで、生産性や心の健康を高め、より良いワーク&ライフスタイルを実施することができる手段が、ワーケーションです。

後者のホームページ(抜粋)では、ワーケーションを次の通り類型化しています。

地域で働くワーケーション
地方ならではの環境で一定期間働くこと。事業創造、プログラム開発、企業合宿など場所を変えることで成果を高めることや、オフィスの移転先、移住先のお試しなどの利用用途も想定される。
地方移転促進のワーケーション
企業などがより高い成果、従業員の確保や採用、地域ならではの協業、事業継続などそれぞれの目的で、オフィスを地方に設置ないしは分散すること、またはそのトライアル。
移住・定住促進のワーケーション
移住や定住を希望する個人などが、二地域居住などを通じて、働きながら地方での生活の場を持つこと、ないしはそのトライアル。
休暇取得促進のワーケーション
個人などが平日を含め長期休暇を取得できるよう、便宜的にテレワークを実施すること。

前者の定義だといきなりその土地で暮らさないといけないのか?とハードルの高さを感じましたが、後者だとトライアルを含め、限定的な期間に合宿を行うなども含めた定義がされている印象がありました。

2024年のいろいろな報道を見ていると、出社型の働き方への回帰に言及する記事が多い印象を受けています。一方でオフィスビルの空室率が高まっているという記事も見かけます。個人的な印象としては、ワーケーションは一時のブームのようなものは過ぎ去ったと思っていますが、働き方の選択肢は、人出不足、採用難、大転職時代の今日においては、多様化を続けていくと私は考えています。

そして、経営者、経営幹部の皆様とクリエイティブな対話をする専門職をしている私個人にとっても、自らの心身のコンディションや発想の豊かさは常に高いレベルに保っておきたいと考えてきました。

2024年の1年間、働き続けてきて疲れもたまりやすい師走に気分も発想も変えてみたいと感じた私は、にわかにワーケーションに対する興味を高めていたのでした。

そしてとかく後回しにしがちな「まとまった仕事、新しい発想を必要とする仕事」をするMODEに切り替えたいという思いで、ワーケーションのトライアルを行うことにしました。

何事も目的の設定が大事ですが、「発想の切り替えを行う、コンディションを整える」を大目的として、ワーケーショントライアルのデザインを行いました。

普段見ない景色、できれば自然が豊かな風光明媚な場所に行きたい。ただし、オンラインでの業務継続を前提としているため、時差がない国内、そしてWi-Fi環境が安定している場所にしたい。冬場でもあり、疲れがとれてリフレッシュが期待できる温泉のある場所に立ち寄れるようにしたい。さらには、普段、出張で、東海道新幹線で行ける範囲には頻繁に行っている事情もあり、まず普段は出張で行かないエリアに行ってみたい。ただし、もともと師走に京都でアポイントがあったため、京都を経由したルートを組むこととしました。

そこでトライアルをしてみたのが京都を経由しての「日本海側」でした。ただし、激しい積雪への対応力は初心者の小生にはいきなり厳しいと考え、日本海側でも、北陸、東北は避け、山陰地方(京都、兵庫、鳥取、島根)としました。

日本海側に行くことだけでも刺激は色々ありそうでしたが、さらに発想の転換にパンチ力を利かすため、伯備線を経由して米子から岡山に回り込み、瀬戸内の美しい景観も楽しむという欲張りなプランにしました。そして、さらに岡山を経由して、瀬戸大橋を渡り、遠くは香川県高松にまで足を延ばすこととしました。

道中、城崎や米子皆生といった魅力的な温泉地に首尾よく立ち寄りつつ、絶対に普段見なさそうな景色である天橋立や鳥取砂丘、瀬戸内の島々、そしてテレビで見て興味をそそられていた海城の高松城跡を観る計画です。

果たして、ワーケーションの専門家が言及しているような豊かな変化が起こるのでしょうか。

今回は、最初に京都でアポイントがありましたが、あくまでもワーケーショントライアルの一環です。普段は絶対に京都観光はせずにあくせくと仕事をして東京に戻るのですが、「ワーケーション!ワーケーション!」と唱えながら、出張中には決して行ったことのない西本願寺境内を散策するところから私のワーケーショントライアルは始まりました。

京都市内でリーダーシップ研究をしている経営学者の知人とのミーティングなどを終えて、いよいよ普段なかなか訪れる機会のない日本海側&瀬戸内でのワーケーショントライアルへと突入していきました。

果たして、そのインパクトはどうだったか・・・。私の中に発生した変化が本当にいろいろとあったのでした。

結論としては、周りや自分に対する観察眼が研ぎ澄まされ、五感が鋭く働きました。これは間違いなく、経営や仕事に直結する効能なので、ワ―ケーションを「一時のブーム」で終わらせるのはもったいないと思いました。

まずは視覚。
例えば、西本願寺の黄金色に輝く装飾の数々。天橋立と宮津湾に注ぐ陽の光の刻一刻の変化。

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西本願寺

次に聴覚。
例えば、久々に乗車した在来線特急はしだて号の社内放送のなつかしさ。人気の少ない日本海、浦富海岸で岩に砕け散る波の音。行く先行く先で遭遇する世界中からの観光客の発する多様な言語の響き。

さらに触覚。
例えば、鳥取砂丘の険しい勾配を上るときの足元の不安定さや顔を激しく殴っていく海風の感覚。日本海側の名物をということで手に取った蟹と格闘したときのやわらかな指の痛み。城崎温泉、地蔵湯が驚くほどのインパクトでもたらしてくれた血の巡りの体感。

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砂丘と青空
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城崎温泉にて

そして嗅覚。
例えば、京都市内でお茶に詳しい人にごちそうになった様々なお茶の奥深い香り。高松の讃岐うどんの名店で絞った「かぼす」の瑞々しい香り。

最後に味覚。
例えば、幼少期に何度も家族で訪れた山陰旅行の際に口にした銘菓「若草」や「因幡の白うさぎ」の舌触りや甘みとの再会。高松の老舗で堪能した讃岐うどんの強いコシ。

日常生活の場合、五感を刺激されたことを、何日もたってからこれほど具体的に言語化できるでしょうか。

やはりワーケーショントライアルをやってみて思ったメリットは、自分の五感が短時間で鋭敏になり、1つ1つの出来事や感情、感覚が記憶に残りやすいという点でありました。生きている実感が日常の何倍にも感じられます。

一方で、ワーケーション先には、いろいろな刺激や新しさに満ちているにしても、何かそれとは別に、自分の中の「スイッチ」が入っているということの影響もありそうです。つまり、追加の高精度センサーのスイッチがONになり「データ取り」の精度、データ量が高まっているということも言えそうです。「本気を出して五感を動かしている」という要素に気づかされます。

今回のワーケーショントライアルを通じて、以下の問いが頭をめぐりました。

  • 思い込みゆえに、日常で見過ごしている「宝」はなんだろうか?
  • 五感のスイッチとは、どんなときに入るのだろうか?
  • そもそも「五感」の切り口で、日常を振り返ったり、計画するとどうなるか?
  • 仕事とプライベートでどのような五感の使い方の違いがあるだろうか?
  • 仕事にはないと思っていて、見過ごしているものは何か?
  • プライベートにはないと思い込んでいて、消し去っている選択肢はなにか?
  • 日本海側や瀬戸内に行くのとは別に、もう少し手軽で頻度高くできるワーケーションのやり方はないだろうか?
  • Vacation(非日常)に、Work(日常)を持ち込む発想だけでなく、Work(日常)にVacation(非日常)を持ち込むと考えると、場所はそのままに、暮らしを変えられるのではないだろうか?
  • このレベルで五感のセンサー(感覚)が日常で働いていくとすると、ビジネスにどのような影響を与えられるだろうか?
  • このレベルの観察眼で、クライアントと向き合っていくと、どのような発見ができ、セッションの価値はどこまで高められるだろうか?

ということで、2024年の師走は、非日常に日常を持ち込んだわけですが、2025年は、「日常(の空間)に非日常(のもの)を持ち込むとどうなるか?」をテーマに過ごしてみたいと思いました。これら、両方の選択肢を使いこなすことで、何か大事なものが見えてきそうな予感があります。

皆さんは、2024年、どんな働き方の1年でしたか?
そして、2025年はどんな働き方を探究する1年にしますか?
2025年は、「非日常」をどのように暮らしや仕事に散りばめますか?